「AIエージェント」という言葉、もう古いかもしれない。

2025年2月、テスラの元AI責任者であり、OpenAIの共同創業者でもあるAndrej Karpathyが、ある言葉を世に放った。

「Claws」(クローズ)。

Mac Miniを1台買って、そこにAIエージェントを常駐させる。24時間365日、自律的にタスクをこなし続ける「爪」のようなシステム。これを彼は「Claws」と呼んだ。vibe codingに続く、Karpathy発の新造語だ。

そして驚くべきことに、この概念について日本語で書いている人間は、2025年2月時点でほぼゼロである。


Karpathyが「Claws」を提唱した背景

事の発端は、Simon Willisonのブログ(2025年2月21日)で詳しく取り上げられた一連の動きだ。

Karpathyは自身のMac Miniを購入し、そこにAIエージェントを複数走らせる実験を開始した。彼がやろうとしていたのは単なるチャットボットの運用ではない。

「AIエージェントが自律的にコードを書き、テストし、デプロイし、さらに自分自身を改善していく。これはもはや『ツール』ではなく『爪(Claw)』だ」

この発言の意味は深い。従来のAIツールは人間が指示を出し、AIが応答するという一方通行だった。しかしClawsは違う。AIが自ら判断し、自ら動き、自ら結果を出す。人間はその「爪」が正しく動いているかを監視するだけでいい。

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「Claw」と「Claws」の違い

ここで重要な区別がある。

Claw(単数形)は、1つのAIエージェントインスタンスを指す。例えばClaude Codeを1つ走らせて、特定のリポジトリのコードレビューをさせる。これが1つのClaw。

Claws(複数形)は、複数のClawが協調して動くシステム全体を指す。1台のMac Miniの上で、あるClawはコードを書き、別のClawはテストを実行し、さらに別のClawはSlackでの質問に答える。この生態系全体が「Claws」だ。

これは単なる命名の問題ではない。AIエージェントの運用思想そのものを変える概念だ。


なぜ今「Claws」なのか

背景には3つの技術的変化がある。

1. コンテキストウィンドウの巨大化

Claude 3.5やGPT-4oのコンテキストウィンドウは20万トークンを超えた。これにより、AIエージェントは巨大なコードベース全体を「理解」した上で作業できるようになった。以前は断片的な指示しか出せなかったが、今はプロジェクト全体を渡して「よろしく」と言える。

2. ツール呼び出しの成熟

AIがファイルを読み書きし、シェルコマンドを実行し、APIを叩く。この「ツール呼び出し」の精度が劇的に向上した。2024年前半まではハルシネーションだらけだったが、2025年のモデルは実用レベルに達している。

3. ハードウェアコストの低下

Mac Mini M4は10万円以下で買える。これ1台で複数のClawを同時に走らせられる。月額のAPI費用を入れても、人間のエンジニア1人を雇うよりはるかに安い。KarpathyがわざわざMac Miniを選んだのは、この「誰でも始められる」というメッセージを込めたかったからだろう。

NanoClawと派生プロジェクトの乱立

Karpathyの提唱から数日で、GitHubには「Claw」を冠したプロジェクトが次々と登場した。

中でも注目すべきはNanoClawだ。最小構成でClawを実現するフレームワークで、Pythonスクリプト1つから始められる。Star数は公開1週間で2,000を超えた。

他にも以下のような派生が生まれている:

  • OpenClaw – オープンソースのClaw管理システム。複数のClawのオーケストレーションに特化
  • ClawForge – Clawの設定をGUIで管理するツール
  • MicroClaw – Raspberry Pi上で動く超軽量版

この乱立ぶりは、2023年のLangChain登場時を彷彿とさせる。あの時も「AIエージェントフレームワーク」が雨後の筍のように現れたが、結局生き残ったのは数個だった。Claws界隈も同じ淘汰が起きるだろう。


vibe codingとの関係

Karpathyは以前「vibe coding」という造語も生み出した。コードの細部を気にせず、AIに「雰囲気」で指示を出してプログラムを作る手法だ。

ClawsはVibe codingの進化形と言える。Vibe codingが「人間がAIに雰囲気で指示する」なら、Clawsは「AIが自律的に雰囲気を読んで動く」だ。人間の介入がさらに減る。

「Vibe codingは人間主導のAI活用だった。Clawsは、AIが主導権を持つ世界の入口だ」 – Simon Willison

この転換は大きい。我々はこれまで「AIをどう使うか」を考えてきた。しかしClawsの世界では「AIにどう任せるか」を考えなければならない。使う側から、委任する側へ。このパラダイムシフトを理解できるかどうかが、2025年以降のエンジニアの分かれ目になる。

日本での可能性

冒頭で述べた通り、2025年2月時点で「Claws」を日本語で解説している記事はほぼ存在しない。これは裏を返せば、巨大なブルーオーシャンが広がっているということだ。

考えてみてほしい。日本の中小企業の多くは、いまだにAIを「ChatGPTで文章を書くもの」程度にしか認識していない。そこに「Mac Mini1台でAIエージェントを24時間働かせられる」という提案を持ち込めば、どうなるか。

具体的なユースケースを挙げよう:

  • ECサイト運営 – 在庫チェック、価格調整、商品説明文の更新を自動化
  • カスタマーサポート – 問い合わせの一次対応からエスカレーション判断まで
  • コンテンツマーケティング – SEO分析、記事企画、下書き作成の自動化
  • 経理業務 – 請求書の処理、経費精算のチェック

月額数万円のAPI費用で、これらが24時間自動で回る。人件費に換算すれば数十万円分の価値がある。


Clawsが突きつける問い

最後に、Clawsという概念が我々に突きつける根本的な問いについて触れたい。

「AIが自律的に動く世界で、人間の仕事は何か?」

答えは明確だ。判断と責任。AIは作業を実行できるが、「何をすべきか」の最終判断と、その結果に対する責任を取ることはできない。Clawsの世界でも、爪を研ぐのは人間の仕事だ。

Karpathyが「Claws」という生物的な名前を選んだのは偶然ではない。爪は生物の一部だ。切り離されては機能しない。AIエージェントも同じで、人間という「本体」があって初めて意味を持つ。

この概念を今のうちに理解し、実践し始めた人間が、2025年後半以降のAI活用で圧倒的な優位に立つ。断言する。

Clawsの時代は、もう始まっている。

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